チームボックスの女性リーダー育成プロジェクト「Project TAO(プロジェクト タオ)」は、政府が掲げる2030年までに女性役員比率30%以上という目標に向けて、社会や組織の前提や変化を恐れず、いつでも、どこでも、誰とでも生き生きと活躍できる女性リーダーの輩出促進を目的としています。今回は「Project TAO」のゲスト第一弾として、オムロンヘルスケアの社長 岡田歩氏をお迎えし、日本のヘルスケア業界を引っ張るオムロンヘルスケアで社長として活躍される現状や課題、そして岡田氏がこれまで歩んでこられたキャリアや人生を中心とする「道(TAO)」について、チームボックス 取締役の瀬田 千恵子がお話を伺いました。
瀬田 千恵子(以下、瀬田):本日は、このような機会をいただきありがとうございます。以前、御社にもご参加いただいた「Teambox TAO」という女性リーダー向けの育成トレーニングプログラムを、時代に合わせた形で再リリースし、そのプログラム推進プロジェクトとして「Project TAO」を立ち上げることになりました。「TAO」には「道」という意味が込められています。「Project TAO」では、女性リーダーの働き方やウェルビーイングなど、その方がこれまで歩いてきた人生や、これから歩いていく人生、まさにTAO(道)と例えられる生き方そのものが関わる内容を含めて、ロールモデルとなる各界のリーダーのお立場にある方のお話をご紹介していく企画です。今回は、オムロンヘルスケアで社長として活躍されている岡田さんに、ご自身のキャリアや人生についてのお話、リーダーとして活躍されている背景などをお伺いしたいと思います。
岡田 歩 社長(以下、岡田氏):本日はよろしくお願いいたします。実は、「TAO」にとてもご縁を感じています。私の名前は歩(あゆむ)で、母親の友人が、自分で自分の道を歩くという意味を込めて名付けてくれました。
瀬田:素敵なお名前ですね。まさに「Project TAO」のコンセプトとぴったり合っていますね!そんな岡田さんに対談の機会をいただき、大変嬉しいです。まずはオムロングループの女性活躍の現状について教えてください。執行役員の高田寿子氏は、優れた女性リーダーに送られる「TIGER WOMAN OF THE YEAR 2024」にも選出されました。また、経済産業省と東京証券取引所が女性活躍推進に優れた企業を選定する「なでしこ銘柄」にも5年連続で選ばれていますね。岡田さんご自身は、こうした環境で働いていることをどのように感じておられますか?
岡田氏:実は私自身は、女性が働きやすい環境だということを意識したことはあまりなかったんです。マネージャーや部長職になり、女性社員と話をするうちに、働きやすい環境であることに気づきました。結婚や出産後も職場に戻れる制度が古くから整備されており、周囲の人もそれを後押ししてくれます。オムロンには社員が真面目で、人を大切にする文化が根付いているからだと思います。しかし、女性のキャリア形成を十分に支援できているか、能力に見合った適切なポジションを与えられているかどうかについては課題があり、本当の意味で女性の活躍を後押しする取り組みをもっと進化させていく必要はあります。
瀬田:制度面や雰囲気としては働きやすい環境はあるものの、具体的なキャリア支援は不足しているということですね。今後、今以上に女性のリーダーを増やしていく場合、貴社ではどんな人材像が適していると考えておられますか?
岡田氏:やりたいことに対して「will」(意志)をはっきりと持ち、実行に移せる人ですね。
瀬田:女性だけではないですが、社員が会社に対してwillを示すのは難しさもあるのではないかと思います。会社側と女性自身、お互いに無意識にバイアスがあり、その方の強みそのものをリーダーとして活かすことを阻むものがあるのではないでしょうか。オムロンやオムロンヘルスケアでは、女性が堂々と自身の特徴を活かすことができるカルチャーの土台はありますか?
岡田氏:少しずつ進化はしていますが、土台が十分だとは思っていません。女性社員本人だけでなく、上司にも長年、習慣化してしまったバイアスがあります。仕事量が多すぎると、プライベートが大変になるのではないかと心配し過ぎたり、女性だからといって気を遣いすぎる傾向があります。そうした傾向があるままでやっていくと、なかなか女性が活躍するチャンスにつながりません。どうしても、自ら前に出ることができるタイプの人ばかりがキャリアを見通しやすい状況になってしまいます。どの人にも備わっている個人の能力を見極めて、引き出すことができるバランスを取れるマネージャーや周囲の理解が必要だと感じています。
瀬田:過剰な気遣いやライフステージへの配慮は、マネージャーが見方・捉え方をリフレーミングしたり、お互いのコミュニケーションを改善すれば解消できる可能性がありますが、言うは易すしで、女性自身もマネージャーもお互いの間にある距離感をどう捉え直していくかは難しいですよね。
岡田氏:もちろん、今の状況が十分働きやすいと感じている社員もいます。一方で、海外勤務を希望するなどどんどん新しいことにチャレンジしたいという社員もいます。適切なコミュニケーションをとりながら、最適なキャリア形成ができるようにそれぞれがもっと取り組んでいく必要があると感じています。
瀬田:コミュニケーションの課題を解消することも大切ですね。日本は世界的に見てもジェンダーギャップがまだまだあります。チームボックスでは「Teambox LEAGUE(チームボックスリーグ)」というマネージャー向けのトレーニングを多くの企業へ提供してきましたが、参加者が20人いたら、そのうちの女性は1名しかいないという会社がほとんどで、日本のマネージャー職においてもジェンダー比率の偏りは大きな課題だと感じています。岡田さんは、こうしたジェンダーギャップが仕事に影響を及ぼしたご経験はありますか?
岡田:別の会社ですが、就職した当時、一般職は女性で総合職は男性と、当たり前に分けられていたことですね。日本はいまだにどこへ行っても、黒っぽい服を着た男性が席を埋め尽くしているので、その光景には非常に違和感があります。日本の文化では当然だと思われていることが、実は間違っているということをみんなで認識する必要があります。今の前提となっている環境が当たり前だと勘違いしていてはダメで、より良くするために何ができるのか、もっともっと声を上げていかないといけませんね。
瀬田:若い頃から男性よりチャンスが少なかったり、性別を理由に条件差をつけられてしまうと、女性は自分の能力が低いのではないかと思い込んでしまいます。男性よりもライフステージが多く、より多くの変化がある中で女性にとって、自ら自己肯定感を高めていくことは、本当に難しいと感じることがあります。こうした現状にある女性が、自分の存在感を認められるようになるためには何を変えていけば良いのでしょうか?
岡田氏:今の若い世代は女性のキャリアに対して理解があると思います。これからも、管理職であるなしや年代に関わらず、情報共有をしながらジェンダーギャップについて、もっと対話する機会を増やしていきたいと思っています。そもそも、女性にはさまざまなライフステージがあるのは当たり前のことで、完全に同じようにはいかないことが前提です。そのことを、社会や会社が理解し、もっと当たり前に支援することが大切だと思います。この「当たり前」を性別の違いで済まさず、全ての人が認識をもっと高めないといけないですね。
瀬田:今後、女性がチャンスを自ら掴んでいくためには、どのような変化が必要でしょうか?
岡田氏:オムロンヘルスケアの取組みとしては、トップ層であるファーストライン長※のメンバーが部門横断で社員全員のキャリアステージを把握しています。何年後ぐらいにサクセッサーになりそうかをマッピングしているんです。「このリーダーにはもっとチャンスを与えてもよいのではないか?」とか「まだもう少し待とう」といったように、定期的に腹を割って話し合う機会を 1〜2年前から設けています。 さらに、ファーストライン長と率直に話す機会も作っています。また、他部門の人材についても、気づいたことがあれば、素直に感じていることをお互いに言い合うようにしています。そうしたプロセスを大事にしていくと、組織全体を見渡すことができます。
本社の女性社員は数が少ないので目が行き届いており、昇格試験の時期なども話し合っています。一方で、女性の数が多い生産部門や、海外拠点のメンバーについては、全てを把握するために現場でダイレクトにコミュニケーションを取っている人同士の横のつながりを強化し情報を把握することが、今後さらに大切になってきます。部課単位でこうしたコミュニケーションをもっと意識してやることができれば、部門やエリアを超えてお互いにキャリアの移動を提案し合えるようになっていきます。
※ファーストライン:各部門の管理職・リーダー層
瀬田:よりオープンに、意見交換していくことが大切ですよね。まさにリーダーに求められる自己開示も同義だと思います。
岡田氏:オープン過ぎて、腹が立ったと言われることもありますが、私はそれでいいと思っています。みんなでキャリアについて考えて、情報を共有してもらうことがすごく大事で、そこがスタートラインなんです。
瀬田:情報共有しているからこそ、皆さんが把握していなかった意外な方が抜擢されるような例もあるかもしれませんよね。女性がサステナブルに活躍していくためにも、人材の尊さをもっと大事にしていく必要があります。
岡田氏:数合わせだけの抜擢は避けたいと考えています。女性の候補がいなければ、それは仕方がないことです。機会を与えるのは、男性も女性も平等に見ていくことのほうが大事です。
瀬田:岡田さんは、前任の荻野社長によって、社長に大抜擢されました。その人事を打診された時はどんなお気持ちでしたか?
岡田氏:とても複雑な気持ちでした。 前社長の荻野が半年ほど不在にしていた際に代理を務めた経験から、社長職の大変さを身に染みて感じていたので、数ヶ月間はなかなか受け入れられず、息苦しさを感じる日々を送っていました。
瀬田:そうした中で、覚悟できたきっかけは何だったのでしょうか?
岡田氏:女性の先輩で、トップとしてご活躍されている方とお話する機会があり、「あなたは一人じゃないし、優秀な周りの人が助けてくれるから大丈夫」と言われたことです。その時に、一人で気負い過ぎていたのかもしれないと気づき、仲間と一緒にやっていけばいいんだと気持ちが楽になりました。また、周りにいるファーストラインのメンバーと、腹を割って話していく中で、このメンバーとチームになってやっていけば、乗り越えられると実感したことが大きかったです。
実は、以前の私は何でも自分一人で決めてしまう。そういう一匹狼タイプの人間でした。40代後半で『ザ・メンタルモデル』※という本に出会ってから、人は病気や死などの理由により、いつか離れてしまうのだということに気づき、一人でいることが怖くなってしまったんです。それからは、「自分は寂しがり屋だし、もっと人と人との関わりを大切にしよう。自分の周りのコミュニティの存在を大切にしよう。」と考え方を変えていきました。
※ザ・メンタルモデル:著者は由佐美加子氏と 天外伺朗氏
瀬田:孤独とは寂しくて、自分にとっては怖いものだと言う感情をすぐに受け止めることはできましたか?
岡田氏:若い頃は受け止められていませんでしたが、年齢とともに人に助けられる機会が多くなり、変わっていきました。
瀬田:『ザ・メンタルモデル』との出会いがターニングポイントになったのですね。紆余曲折を経て、自己受容し、次に進むことができた岡田さんだからこそ、今の姿があるのですね。日常の中でも社長として孤独を感じることはありますか?
岡田氏:以前、荻野の社長代理を務めた際には、そこまで考えていませんでしたが、今は会社のことをもっと真剣に考える立場になり、孤独を感じることもあります。ファーストラインのメンバーにも同じ目線で寄り添ってもらっているのですが、同じ立場じゃないと理解できないことがあるなと感じています。最後に責任を取る覚悟はもちろんありますが、私はワンチームでやりたいという気持ちがすごく強いんです。だからこそ、対話による共有が大事で、お互いに包み隠さずオープンなコミュニケーションを取っていくことを意識しています。一人ひとりが経営者なんだという意識をもっと強く醸成していきたいですね。
瀬田:組織の中心のリーダーとして生きていく中では、悩みや葛藤は尽きませんね。社長という職務では、決断を迫られる場面が多々あると思いますが、何かを決める場面で意識されていることはありますか?
岡田氏:間違っていてもとにかく決断するしかないので、もし違っていたら、「間違えました。ごめんなさい」と言って次に進むことを大切にしようと考えています。前社長の荻野も、「決断して動かないと、ことは始まらない」とよく言っていました。私は子どもの頃から、日々ことは自分で決めてきたので、決断すること自体は苦ではありません。
瀬田:なかなか決められない人が多い中で、すごく重宝される能力だと思います。物事を決めるときに、自分の意思決定の軸となるようなものはありますか?
岡田氏:人として正しくないことや、モヤモヤが残るような時は、そちらには進みません。全体を見て、多少の失敗をしても大丈夫だと思えることは、一度、みんなを巻き込んで一緒に試してみることにしています。
瀬田:試してみるという判断も素晴らしいですね。何かが起こっても、すぐに立て直すことができるという絵が見えているから、思い切り決断できるのですね。
岡田氏:はい、死ぬこと以外はかすり傷だと思うようにしています。
瀬田:岡田さんの強さは、何事もポジティブに捉え直し、「なんとかなる」からやっていこうと自ら考え方を変えられることなのではないかと思います。このタフさや前向きさは何をきっかけに身につけられたのでしょうか?
岡田氏:私の中では、「なんとかなるし、できるか知らんけどやる!」という気持ちがずっとあるんですね。一生懸命やっていれば、誰かが助けてくれるし、不思議な出会いがあって、道は開けていくものです。だから、やり続けることや、興味を持ったことにチャレンジし続けることが、最終的に何事も実を結ぶ結果に繋がるのだと信じています。
瀬田:その体験が経験に変わって岡田さんそのものになったんですね。
岡田氏:小学校の頃、産休の交代要員で来た先生に影響を受けています。クラスを明るく引っ張ってくれる先生で、とても人気がありました。リーダーが変わるだけで、ここまでクラスの空気感が変わるのかと実感したことも記憶しています。チャレンジ旺盛な方で、いつも「もっと頑張れ、もっとできる」と応援してくれました。先生の言葉どおりにチャレンジしてみると、不思議と良い結果になるという体験をしたことが影響していると思います。
瀬田: 明るくポジティブな方に応援されると、挑戦してみようと思いますよね。人によっては「もっともっと」と言われすぎると卑屈に捉えてしまう場合もありますが、そのエールを素直に受け取ることが素晴らしいですね。人間、大人になっても素直であり続けられるかどうかも鍵だと思います。この素直さも岡田さんの魅力ですよね。「なんとかなる。やってみよう」と乗り越えられた経験は、他にもありますか?
岡田氏:オーストラリアでの経験ですね。大学を卒業後、とにかくサーフィンがしたくて、アルバイトでお金を貯めてからオーストラリアに向かいました。何の計画もなく、宿泊先も決めず行ってしまったんですね。泊まる場所がなく、困り果てていたところ、尋ねた宿の女将さんが「息子の部屋に泊まっていいよ」と声をかけてくれました。その後、部屋が空いたのでそこに泊めてもらいました。お金が尽きた時にバイトを探していたら、偶然、海で手助けをしてあげた男の子にバイトを紹介してもらうこともありました。
帰国した際も、周りの人には仕事のことを心配されましたが、医療機器メーカーの海外営業アシスタントの募集をタイミング良く見つけました。世界で初めて非観血の連続血圧測定技術を開発した会社だと知り、なぜだか運命的なものを感じて、根拠はないのに入れるんじゃないかと応募したら、入社できたんです。最初はアシスタントとして入社しましたが、最終的には女性として初めて海外営業職に就くことになりました。これも「営業に向いてるよ」と推薦してくれた方のおかげです。当時は総合職と一般職が分かれていて、営業は総合職と決まっていたので、一般職としては異例のことでした。このように歩いてきた道を振り返ってみると、本当にずっと人に恵まれ、良い環境で育てていただいたことを痛感します。
瀬田:まさに、それが岡田さんが歩んできた道なんですね。計画的偶発性理論では、普段の行動の積み重ねが、自分のキャリアにつながる偶然を引き寄せるのだと考えられています。岡田さんがポジティブに行動を積み重ねていたら、関わってくれる人がどんどん現れて、それが道になって今につながっているのだと思います。ご自身でもそうした偶発性を意識されてきましたか?
岡田氏:意識しているつもりはありませんでしたが、やりたいと思うと行動に移してしまいます。 その様子を見かねた人が助けてくれるんだと思います。
瀬田:岡田さんは人生をすごく豊かに生きていて、人間としての余裕やおおらかさがあるように見えます。岡田さんにとって、ウェルビーイングというのはどのような状態でしょうか?
岡田氏:私にとっては、自分が心地いいと思えるコミュニティをいくつか持っていることが、ウェルビーイングな状態です。一緒に仕事を頑張っている仲間たちや、何でも話せる昔からの女友達の存在は、すごく大事です。人の幸せ度合いは、地位や所得ではなく、信頼関係がある良いコミュニティをどれだけ持ってるかという内容の論文を読んで、すごく納得したことがあります。どれだけ忙しくても、いろいろな場所へ顔を出して、たくさん話をするように心がけています。
瀬田:自らが主体的に関わるコミュニティをいくつも持っておられ、仲間との関係性を大切にしているということですね。自分の気持ちに素直に動いて、どんどん縁を作って、いつも周りに仲間がいてくれるというのは、前向きでナチュラルな強さがある岡田さんならではですね。今後、岡田さんのような「TAO」=道を歩み、活躍していく女性のみなさんに、エールを送っていただいてもよろしいでしょうか?
岡田氏:夢や目標があれば、絶対にチャンスは巡ってきます。あきらめずにアンテナを張って、外に出て、人に会って話をしてください。全然関係がないと思っていたことが、点と点でつながって、いつか道をつくってくれます。人生は一度きり。どんどんチャレンジして、自分の道を楽しんでください!
瀬田:素晴らしいメッセージですね。本日はどうもありがとうございました!