
チームボックスの推進する女性リーダー育成プロジェクト「Project TAO(プロジェクト タオ)」。
社会や組織の変化を恐れず、生き生きと活躍できる女性リーダーの輩出促進を目的とした取り組みです。
「TAO」に込められた意味のひとつは「道」。私たちが進むべき道を学ぶケーススタディとして、リーダーシップを発揮する女性にお話を伺い、2つ目の意味である「先達からのタスキがけ」として次世代へとバトンを渡します。
今回は、品川区初の女性区長である森澤恭子さんにお話を伺います。森澤さんは子育てをしながら働く女性リーダーでもあります。森澤さんが政治の世界に入ったきっかけ、女性リーダーの育成、ジェンダーギャップのない社会への想いについて語っていただきます。
瀬田 千恵子(以下、瀬田):森澤さんは令和4年に品川区長に就任されています。まずは、政治の道を志したきっかけを教えてください。
森澤 恭子区長(以下、森澤氏):直接的なきっかけは、社会の仕組みを考える政治の世界に、女性や子育て世代の声がまだまだ届いていないと感じたからです。
私は夫の留学に帯同してシンガポールに一時的に行きました。しかし、帰国してから働こうと思ったら、なかなか大変だったのです。当時、二人の子供は2歳と0歳で、年度の途中だったので保育園が見つかりませんでした。また、時短勤務など柔軟に働ける職場を探すことが難しく、残業を前提とした仕事しかない状況でした。
現実を目の当たりにして、政治の世界に女性が少ないから子育てのしやすい社会の仕組みができていないのだと思いました。
それであれば、まずは私が女性や子育て世代の声を、社会の仕組みをつくる意思決定の場に届けようと思い、小池百合子政経塾「希望の塾」に入り、東京都議会議員選挙に出馬しました。まだまだ政治の世界には女性リーダーが少ないですが、東京には小池百合子知事が道を切り拓いた先駆者としていらっしゃるのは大きいですね。
瀬田:実際に議員になられて活動をして、どのように感じましたか?
森澤氏:一番の変化は、私が政治に関わるようになったことで身近な人やママ友が政治に関心を持つようになったことでした。ブログやSNSで情報発信をしていると、子育て世代の人から保育サービスや制度の課題などの声をいただくようになりました。私が子育て現役世代だから相談しやすかったのだと思います。
瀬田:組織が変わっていくには、男性のトップリーダーや上司、そして活躍したいと思っている女性自身、それぞれが意識を変える必要があると感じます。森澤さんから見て、女性側ができることは何だと思いますか。
森澤氏:女性は謙虚な方が多くて、実は上司よりも能力があるなんてことも珍しくないと思います。でも「子育て中の自分がリーダーになるなんて」と思っている人が多い。そんな方には、ぜひ一歩踏み出してほしいです。仕事のポジションが上がると見える世界が変わって、貢献できる範囲が広がり、自分の成長にもつながります。少なくともチャンスがあったときには断らずに進んでいくことが大事ですよね。声がかかったということは、その人にはできると思われているわけですから。
「子供が小さいから今じゃない」という話を聞くことがありますが、子育ては年齢ごとにまた違った課題があります。幼い頃は物理的に手がかかりますが、小学校になれば小1の壁があったり、学校での人間関係の悩みが出てきたり。だから、子育て中は何かしらあるものだと思って、やりたいことがある人は子育てを理由に諦めないでほしいと思います。
行政としては、仕事をしたいと思った人がしっかりと働けるように、ベビーシッター助成や保育サービスなどの子育て施策を充実させる取り組みを行っています。
瀬田:企業の方からは、一歩を踏み出したい女性が少ないという話をよく聞きます。ロールモデルがいなくて真似られる人がいない、管理職の人たちが大変そうでなりたいと思わないという声も多いです。一歩を踏み出せない人が多い中で、森澤さんはなぜ一歩を踏み出せたのでしょうか。
森澤氏:社会全体をもっと良くしていきたいという想いがあって、政治の場に女性が増えたほうがいいと思っていたからです。それでも、最初の選挙に挑戦する時は躊躇しました。そんな時に、友人に相談したら「失うものはないから、チャレンジしてみたら」と言ってくれたんです。その言葉を聞いて、せっかく機会があるなら手を挙げてみようと思えました。こんな風に背中を押す声がけをしてもらえることも大事ですよね。
一歩を踏み出したい女性がいないわけではないと思うんです。でも、自分から言い出すのはちょっと気が引けるものです。だから、「やってみたら?あなたならできるんじゃない?」と上司が後押しするといいのではないでしょうか。
他には、「女性がリーダーをするのは大変なんじゃないか」「子育てをして大変そう」と周囲がバイアスのかかった目で見ていることもあるので、女性に対するバイアスをなくすことも大事だと思います。
瀬田:お互いの意識を変えたり、思い込みを外したりする必要がありますよね。日本の女性は自己肯定感が低くて遠慮深い傾向があると思っています。実際に、当社で自己肯定感を高める研修を実施しても、なかなか変化が見られないこともあります。森澤さんが、自己肯定感を高めるためにしていることはありますか。
森澤氏:そこまで自己肯定感が高くはないのですが、好奇心が勝っていて行動しているのだと思います。区長になったのも、自分にできそうだからなろうと思ったわけではないんです。都議の頃に地域のさまざまな声を聞く機会があり、課題を解決するなら、地域に一番身近で直接施策を実行できる区長になったほうが、私が目指す「誰もが生きがいを感じ、自分らしく暮らしていける社会」の実現に近づくことが出来ると考えたことが始まりでした。
どんな仕事もやってみなければ自分にできるかなんてわからないと思います。例えば、会社の管理職なら、実際にやってみて「やっぱり難しい」と思ったらポジションを外してもらうこともできます。まずはやってみてから考えるのが良いと思っています。
瀬田:そう思えるには心理的安全性も大事ですよね。失敗を恐れない組織文化やチャレンジできる環境であれば、やってみようかなという気持ちになれそうです。
森澤氏:チャレンジをしている人を孤独にせず、周囲が後押ししたり、サポートしたりすることが大事ですよね。例えば、子育て中の人が管理職になったとしたら、子供が発熱して迎えに行かないといけなくなったらどうしたらいいだろうとか、さまざまな心配事があると思います。
でも、子育て中の管理職のほうがチームを育成するチャンスがあるとも言えます。私自身、帰国してすぐに2歳と0歳の子がいる状態で広報の責任者をしていました。
同じチームには新人の女性メンバーがいて、私が行くことができない夜の対応は彼女に任せ、遠隔でアドバイスするなどしていました。任せて大丈夫かなと心配することもありましたが、彼女にとっては成長のチャンスにもなったと思います。
瀬田:おっしゃる通りですね。子育て中の女性リーダーは一人で気負わずに、チームを育成して助け合い、一緒にその時を乗り切っていく発想を持つことも大事ですよね。
森澤氏:子育て中の女性に限らず、どんな人でもチームでの助け合いが必要なときはあります。子育てや介護の場合は顕著に時間の制約がありますが、趣味を楽しみたい、自分の時間を楽しみたいという人の働きやすさも尊重すべきことです。多くの人が働きやすく、プライベートの時間を取れることも大事だと思います。
瀬田:品川区ではウェルビーイングに資する施策を実施していますよね。ウェルビーイングな状態でいることは生活にもキャリアにもプラスの影響があると思っています。施策を実施したきっかけや想いを教えてください。
森澤氏:品川区の令和6年度の予算編成は「安全・安心を守る」「社会全体で子どもと子育てを支える」「生きづらさをなくし住み続けられるやさしい社会をつくる」「未来に希望の持てるサステナブルな社会をつくる」という4つの領域に整理し、施策を構築しました。ウェルビーイング施策のヒントになったのは、2019年に女性リーダーであるニュージーランドのアーダーン首相がウェルビーイング予算を編成したことです。
日本は経済的には豊かなのに、諸外国と比較して幸福度が低いというデータが出ています。私はそこに課題を感じています。何を幸福と考えるかは人それぞれですが、社会に存在する不満や不安などの障壁を取り除くのは行政や政治の役割だと考えています。
瀬田:素晴らしい取り組みですね。実は、私たちが行っている「Project TAO(プロジェクト タオ)」という女性リーダー輩出促進プロジェクトの大きな柱のひとつもウェルビーイングです。
森澤氏:大事なことですよね。みんなが自分らしく自然体でいられて、得意なことで組織に貢献できる方が組織や会社全体の力が高まります。弱点や苦手を克服しようとするのが昭和の考えだとしたら、今は自分の強みや好きを伸ばしていくことが力になる時代だと思っています。
瀬田:森澤さんは、自分らしさはどんなところだと感じられていますか。今日お会いして、とてもエネルギッシュで常に笑顔でいらっしゃるバイタリティーのある方だと感じています。
森澤氏:私らしさは、物事の明るい面、良い面を見て楽観的に考えることですね。そして、好奇心が旺盛なので、面白そうだと思ったらチャレンジできるところだと思います。
瀬田:そうですよね。今日もたくさん「まずやってみる」「やってみなければわからない」と言ったチャレンジの言葉がたくさん出てきましたね。その、森澤さんらしさは、区長のお仕事において、どのような形で活かされていますか?
森澤氏:どうなんでしょう。区長の性格が明るいから品川区が明るくなったと言われたことがあります。なぜ明るくなったかは全然わからないんですけど、そんな雰囲気が組織に伝わり、区民の方にも伝わっているならうれしいですね。
瀬田:実は私たちの会社は「リーダーが変われば、組織が変わる」という理念をもっています。リーダーの力は組織に伝播していきますよね。先日はアメリカの大統領選がありましたよね。ハリスさんが敗れて「ガラスの天井」はまだ高いのだと感じました。今後、日本でトップリーダーの女性は増えてくると思いますか?
森澤氏:急速な時代の変化によって、みなさんが社会に求めるニーズも多様化しています。こうした多様化したニーズを汲み取るのは比較的女性が向いていると感じるところもあるので、今後も女性リーダーは増えていくのではないでしょうか。
現在、東京都知事は女性ですし、私が当選する半年前には杉並区で久しぶりに女性の区長が誕生しました。その流れもあって、私の選挙の時にも「品川区でも女性区長を」という声もありました。その後も女性区長は増えていて、現在では東京23区のうち7区が女性区長です。
有権者も最初は女性のリーダーに慣れていなかったと思いますが、少しずつ増えていくと普通のことになってきたのでしょうね。女性リーダーが少しずつ増えていけば、日本の女性首相もいずれ生まれると思います。
瀬田:政治の世界に女性リーダーがもっと増えたら、どのような未来になると思いますか?
森澤氏:多様な人たちの声が反映される社会になると思います。子育てや教育に関して、もっと国のお金が使われるようになるでしょう。女性にもいろいろな方がいます。子育てしている人もいれば、共働きの人、シングルの人、子供のいない人。子育て世代だけでなく多様な女性が意思決定の場にいることが重要だと思います。
女性だけでなく、LGBTQや障がいのある方など多様な人の声が意思決定の場に集まってくれば、本当の意味で誰も取り残さない社会が実現すると思います。今の政治の世界は、同じような年齢や立場の男性が大多数を占めているので、マイノリティ側に対する想像力が足りない部分があると思います。
女性と男性が半々になれば、政治にどちらの視点も入ります。性別だけでなく年代もそうです。もっと若い人が政治の世界に入ってくれば若者の声が反映されるようになります。さまざまな人が政治の世界に入ってくることで、人がつながり、支え合うことができるやさしく寛容な社会の実現が可能になるのではないでしょうか。
瀬田:多様な価値観がミックスされれば、今までの思い込みを変えてみようとみんなが思えるかもしれませんね。
森澤氏:ひとつの課題に対して、同じような属性の人たちだけで考えても似たような解決策しか出てきません。でも、さまざまな属性の人がいれば、違った解決策が生まれると思います。
瀬田:ある程度の経験を積んだリーダーほど、思い込みが強くなって考え方が固定化されてしまう傾向があります。私たちの育成プログラムでも「アンラーン(※)」についてお話しする機会が多いです。
※アンラーン=これまで培ってきた成功体験や信念、慣れ親しんだ習慣を捨て、新しい考えを取り入れること
森澤氏:よく組織でも話すのですが、自分が学んだこと、経験したことが必ずしも正解ではないと思って、新しい事柄に向き合うのが大事ですよね。新型コロナウイルスの感染が広がるなど、誰も経験したことのないことが起きたら過去の経験は役に立たないこともあります。
瀬田:今後、区長としてどのような道を歩いていきたいですか。
森澤氏:私は学生時代からジェンダーギャップへの問題意識を持ってきました。ジェンダーギャップを次の世代には残したくないと思っています。そのためにも、特に政治の世界に女性を増やしていきたいと思っています。ジェンダーギャップ、そして女性活躍という言葉が、もはや過去の遺物として忘れ去られた先には、家庭環境や性別・障がいの有無に関わらず、誰もが自分の望むように生きられる社会があると思っています。その社会の実現のために、私ができることをこれからもやっていきます。
瀬田:ぜひ、実現していただきたいです。私も人材育成の支援者として、森澤さんのように考えを貫いていきたいと感じました。本日は貴重なお時間をいただきありがとうございました。