Column
対談

組織文化を変革させる“一番ピン”を探せ! パナソニックから分離独立した企業の経営者がたどり着いた答え

2023.06.21
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パナソニックi-PROセンシングソリューションズ株式会社 代表取締役会長 兼 CEO
中尾 真人(なかおまさと)さん
慶應義塾大学大学院理工学研究科工学修士取得。東京電力にエンジニアとして入社。経営の面白さに気づき、米国で経営学を学んだ後、ボストン・コンサルティング・グループで経営コンサルタントとして機械・エネルギー業界を担当。その後、職業経営者としてミスミ、MKSパートナーズ、日本オイルポンプ代表取締役社長、ハーモニック・ドライブ・システムズ理事を経て、2019年10月現職に就任。

※この記事は、BizHint(ビズヒント)- クラウド活用と生産性向上の専門サイト の連載「中竹竜二さんが聞く『伸びる組織』」2021年5月17日の掲載内容を一部編集して転載しています。

2019年にパナソニックから分離独立したパナソニックi-PROセンシングソリューションズ株式会社を率いる中尾真人会長。エンジニア出身でコンサルティング会社、ミスミなどで実績を積んできた経営のプロでもあります。目下、中尾さんが取り組んでいるのが「組織文化づくり」。遠回りとも思えるような地味なコミュニケーション活動に真剣に取り組んでいるとか。2020年にはその一環として、Teambox LEAGUEを導入してくださいました。その背景について、チームボックスの中竹竜二が聞いていきます。

代表就任直後から、組織文化に注力

中竹竜二(以下、中竹): 中尾さんは2019年にパナソニックi-PROセンシングソリューションズ社の会長に就任され、いま組織変革に取り組まれています。「経営のプロ」としてのご経験も豊富で、多くの読者にも役に立つヒントがあると思います。

まず中尾さんがこれまでどんな経歴を歩んできたのか、お伺いできますか?

中尾真人さん(以下、中尾): パナソニックi-PROセンシングソリューションズ社は、パナソニック社内にあった防犯カメラや産業用・医療用カメラの事業部門が2019年に分社・独立した会社です。

私は大学で電気工学を学んだ後、東京電力でキャリアをスタートさせました。その後、経営コンサルのボストンコンサルティングや機械部品会社のミスミなどを経て、パナソニックi-PROセンシングソリューションズにやってきました。

「新しい会社」で最初にやることは事業計画の策定、企業戦略の立案でしょう。戦略立案は読み、書き、そろばんがある程度できる人ならできます。難しいのは、立てた戦略を実行できるかどうか。P・F・ドラッカーさんの「企業文化は戦略に勝る(Culture eats strategy for breakfast)」のように、組織に戦略を実行できるだけの文化がないとダメです。

私は代表に就任して半年かけて中期計画を作りつつ、同時に「組織文化を創る」ことに取り組んできました。

中竹: 「組織文化を創る」取り組みのひとつとして、2020年にはチームボックスのトレーニングを導入してくださいました。そのほかには、具体的にどんなことをしたのでしょうか?

中尾: 社内の多くの人たちが「いいね」と賛同してくれる考え方や価値観を創り上げていくことです。そのためにまず社外から人材担当役員を招聘しました。人が一丁目一番地ですから。彼女が中心になって社内にBuilding the Futureと銘打った企業文化創造プログラムを立ち上げました。その活動の中で、「この会社でカッコいいこととは何か」「あなたにとって良いこととは何か」――。根本的価値を確かめ合うことから始めました。

私はこれまで「組織変革」に関するトレーニングをいろいろ受けてきたのですが、中竹さんのアプローチは面白いです。世界の一流スポーツ選手、一匹狼の選手たちを1つのチームとしてまとめ上げるスポーツコーチのノウハウはユニークです。

例えば、「世界のトップチームのコーチは安易に指導をしないし、助言もしない」など、ビジネスリーダーたちの常識とは真逆です。それでも中竹さんの方法論には誰もが納得できる理由があるし、実績もあるので、その方法を知りたいと思いました。

中竹: 組織文化を変革する過程で一番大事なのは、一人ひとりが、「自分にとっての意味」を考えることです。要は、その組織に属する全員が当事者意識を持つことです。

大きな組織になると、会社の課題に対して、自分事として捉えられなくなってきます。たとえ組織の規模が大きくても、そこで過ごす時間が人生の大部分を占めるわけですから、「他人事」にはできないはずです。ですから「この組織はあなたにとってどんな意味がありますか」「あなたはこの組織で何を実現したいのですか」と問いかけます。それにより、自分にとっての答えを見つけ出してもらうのです。

中尾: たしかにそうですね。会社、仕事に対する「自分にとっての意味」が分かってくれば、組織変革にも向き合えるようになります。それが正しいアプローチだと思いました。 例えば今期の事業計画で言うと、「業界ナンバーワンになる」とか「成長率何%を維持し、シェア何%を確保する」といった業績数値の目標をやめました。これらは相手があることだったり、市場環境に左右されることだったり、自分たちだけでコントロールできない目標です。

代わりに経営の目標のひとつとして「2年後の売り上げの8割は、今まだ出ていない新製品で構成する」と定めました。これを実現するためには、今まで以上に新製品を開発しなければいけません。やり方を根本的に変える必要があります。厳しい目標に見えるかも知れませんが、自分たちが決めれば実現できることです。

中竹: 自分たちでコントロールできる範囲で切磋琢磨せよ、との発想ですね。

中尾: 実はこれも、中竹さんの話から刺激を受けたんです。「優秀なラグビーの監督は『優勝しろ! 』なんて言わない」と。優勝できるかどうかは、相手もあるので不確実なことです。だけど、代わりに各自がコントロールできることは確実に実践せよと。確かに、自分ができることならば、自分のこととして考えられるんです。

理想からの引き算から、いつも始まる

中竹: 中尾さんにとって「組織変革」とは何をすることでしょうか?

中尾: 私は、いつも「理想からの引き算」だと思っています。「戦略を変える」「組織を変える」「風土をつくる」という時には、まずは「理想」の姿を描きます。次に「理想」から「現状」を引く。そこで残ったものがイコール「今やるべきこと」です。逆に言えば、理想がしっかり定義できてないと、やるべきことは見えません。

こう考えるのは、学生時代の研究にルーツがあります。私はロボット制御工学を勉強していました。ロボットが自由に動くのは関節のお陰。この関節部分には強力な「サーボモータ」があり、サーボモータの回転を数値コントールして動かしているのです。ただ、AからBまで移動しろと命令したとしても、「誤差」がどうしても生まれるんです。

そこで目指すべきBポイントと、観測した現実のBポイントを常に測定し微調整しています。この現実と目標の差を振り返りながら制御する仕組みを「フィードバックシステム」というのですが、1000分の1秒レベルで現実と理想を調整しているのです。

中尾さんが学生時代に執筆したロボット制御工学に関する論文

実は、私がいま経営でやっていることも、まさにこれ。理想と現実のギャップを確認しながら常に次のアクションをしているんです。とはいえ、理想を定義し、現実と向き合うのは難しい作業です。チームボックスのトレーニングで中竹さんのコーチングを受けてみて、自分の理想の定義がいかに曖昧で、現実も振り返っていなかったことがよくわかりました。

中竹: 学生時代の研究にルーツがあったとは、面白いですね。よく私はコーチとして、最初にいろんな質問をしながら「この人は問いを受け止められるまでどれぐらい時間がかかるかな」と考えます。多くの人たちは、本質的な問い掛けに対して逃げるんですね。正直に答えるのって恥ずかしいし面倒くさいんですよ。それでも、話すことによって自分を客観視できるようになります。でも、中尾さんは最初から逃げなかった。それが凄いと思いました。

中尾: 現実を知ることの大切さ。思えば、ミスミでも同じことを言われていました。

例えば、事業計画書の作り方です。ミスミの三枝さんは「事業計画書は3枚の紙で済む」と言っていました。紙にはトレーシングペーパーを使う。まず1枚目に「あるべき理想の姿」を書く。「2枚目に今の自分を書け」。それで「トレーシングペーパーを重ねれば、何が足らないか透けて見える」。「それを3枚目に書けば、それが事業計画になる」と。それをひたすら「愚直にやることも大切」とも言われました。当時は「愚直にやれ」の意味が分かってなかったんだけど、今回、その意味が繋がった感じがします。理想の定義と振り返りをしっかり行うことだったのです。

「やりたいことはなんですか?」を問う

中尾: 今回の、組織変革のプログラムで具体的に何をやったかと言えば、ひたすら対話です。中竹さんから「あなたのやりたいことは何ですか」「目指すことは何ですか」「新たな目標は」と、穏やかな表情、やわらかな言葉なのに、深いレベルまでどんどん聞かれると、次第に答えるのが難しくなってくる(笑)。

でも、その深いレベルになってやっと本当にやりたいことがみえてくる。私はトレーニングで聞かれたことを、毎日、脳内で反芻しました。中竹さんの質問の「意図」は何だったのか。自分の頭の中で、中竹さんの質問を繰り返して自分で答える。こうした作業を続けた結果、私なりの自分のやりたいこと、あるべき姿、自分の目標を、自分の言葉で自分なりに伝えることができるようになったと思います。

中竹: まさに、考えていることを自分の言葉にして伝えるのがカギです。

中尾: 例えば「さらけ出し」。自分のありたい姿をアタマの中で考えてはいても、ほかの人に話したことはなかった。そこで、声に出してほかの人に話すと、自分の耳に聞こえることで客観的に捉えることができます。相手の反応も分かる。自分のありたい姿が周囲から見て「イケているのか」「イケてないのか」も分かる。「ああ、自分は人からこう見られているのか」と、自分の姿もよくみえます。現状を認識するためにも、まず自分が先に伝えないといけないことがよく分かりました。

組織変革の“一番ピン”を探せ!

中竹: 組織変革のプログラムは、中途半端に終わってしまう経営者も珍しくありません。「このまま続けよう」と思えたのはなぜでしょうか?

中尾: やはり、「やるべきこと」が鮮明に見えてきたからでしょうか。

私はよく「一番ピンを探せ」という言葉を使っているんです。ボーリングで一番先頭にあるピンが倒れれば、ドミノのように全部倒れます。組織変革でもビジネスの立ち上げでも、ボーリングのゲームと同じ。どこかに「一番ピン」があります。

私自身が「一番ピン」として変われば、あとは勝手にピンが倒れていく様に動き出します。 最初は、「競合他社に勝つにはどうしたらいいか」や数字の目標を考えていました。でも、1か月ぐらい社員の皆さんと話していて、行き着いたのが「人を育てる」ことだったのです。

成長したいと考えている人、世の中に貢献したいと考えている人は社内に大勢います。自分の目標は「その人たちを助ける存在になればよいんだ」と。これが一番ピンであり、これができれば、会社は勝手に伸びていくだろうと分かったのです。

中竹: 父性のリーダーシップですね。

中尾: そう。「世の中のために役立ちたい」と願っている人たちの父親になることです。そうなるには相手を徹底的に愛すこと。愛情を持って相手の話をよく「聞いて」、その人が言っている内容を抽象化したうえで、「何がその人にとって一番ためになるのか」を深く考える。そのうえで言葉を選んで説得するのではなく自分で気が付いてもらえるように働きかけます。

私の考え方は全社員の前で発表しました。もし、私がそれを実践できたら社員は成長していくし、それに伴って会社の実績も伸びるはず。このアイデアを発表したら非常に楽になりました。私はこれだけ愚直にやろうと。あとは仲間たちが答えを出してくれるはずと思いました。

理想を語り続けると実行せざるを得なくなる

中竹: なるほど。でも、「実際、どうすればできるのか? 本当にできるのだろうか?」と、不安に思う読者もいると思います。不安に思っている人たちに対して、中尾さんだったらどんなアドバイスをしますか?

中尾: 私だって不安です。でも今、これ以上の“一番ピン”が見つからなかったんですね。 それでも、悩む方には、どういうアドバイスをするか……。この問い掛けは、おそらく、リーダーのあるべき姿に対する質問だと思うのですが。

例えば、今まで出会ってきた上司・先輩たちのリーダーシップスタイルを参考するのも一つのアプローチだと思います。私にとっては、そんな上司・リーダーたちが5人ほどいます。目指すリーダーたちを想像して、あの人ならこうするだろうとか想像するのが、次の行動のきっかけになっています。あと、身近なリーダーだけじゃなく、小泉純一郎氏など「組織や制度をどんどん破壊した政治家」の発言も自分なりに整理するためには役に立つかもしれません。

あと大事なのが、自分で考えたことを声に出して言うことです。言ったらやらざるを得ない。その効果は大きいですね。会社でも20~30代のメンバーには「10年後20年後、どうなっていたいか書いて、人に言おう」と。「ポルシェに乗りたいなど思い付きでもいい。何でもいいから言って」と。いい加減なことを言っていると、次第に自分が恥ずかしくなってきます。そこで、真剣に考えてやるようになるんです。

中竹: チームボックスには「Feeba」というツールがあります。今日一日の自分の言動や姿勢、感情などを振り返り、ツールに書き込みます。振り返った内容はトレーニングメンバー間のタイムライン上で共有されます。それに対して、トレーニングメンバーが自由にコメントしあうというシステムです。中尾さんは一貫して真摯な姿勢でメンバーたちにコメントをしていましたね。

中尾: 「なぜこの人はこういうことを言うんだろう」と一生懸命考えて、一度抽象化して捉える。そして、ストレートで言うべきなのか、別の言い方をすべきなのかも考える。だから時間がかかるし、毎日コメントするのはつらかったですね。

毎日の振り返りではついつい仕事のことを言いたくなる。それでは単なる業務報告会になってしまうので、「抽象化の力」が問われます。今日一日を通じて、自分はどんな人間だったのかを考える。自分のありたい姿を定義してあれば、それに照らしてどうだったのか振り返ることができるでしょう。メンバーへの助言にしても「理想と照らしあわせてみて的確だったのか」「自分が的確に言えなかった結果、いまこんな問題が起きている」などを考えられます。助言の時、正確さや効率の良さは必要ありません。大事なことはその土台となる愛情です。

余談ですが、一番最悪な上司の言葉の1つに「何で結果がでないんだ! 俺に恥をかかせる気か」と怒鳴る台詞がありますよね。あれは自分を守っているだけ。メンバーに対する愛がないんですね。一方的に強制するだけでは、何も変わらない典型的なパターンだと思っています。

中竹: 中尾さんはなぜそういったトップダウンのマネジメントをしないのでしょうか?

中尾: そんな資本論理丸出しのトップダウンスタイルで上手くいったケースを見たことはありませんよ(笑)。

そもそも、そんな目標管理されたら自分だって嫌です。だから、金融管理だけしか知らない人が経営をするのは無理だと思います。私はある程度自分なりに実務マネジメントを知った上で、金融資本の世界に入りました。両方の世界を知っているからこそ、経営のプロになれたと思います。

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