Column
対談

ウクライナ映画を日本で配給するために起業。 大きな夢の実現は、小さな一歩から始まる

2025.05.12
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チームボックスの推進する女性リーダー育成プロジェクト「Project TAO(プロジェクト タオ)」。

社会や組織の変化を恐れず、生き生きと活躍できる女性リーダーの輩出促進を目的とした取り組みです。

「TAO」に込められた意味のひとつは「道」。私たちが進むべき道を学ぶケーススタディとして、リーダーシップを発揮する女性にお話を伺い、
2つ目の意味である「先達からのタスキがけ」として次世代へとバトンを渡します。

今回は、Elles Films(エルフィルムズ)代表取締役である粉川なつみさんに話を伺います。粉川さんは日本で初めてウクライナのアニメーション映画の配給を実現し、
2024年には日経WOMAN「ウーマン・オブ・ザ・イヤー」を受賞しています。

粉川さんがウクライナ映画の配給を手がけたきっかけ、映画業界を志した理由、やりたいことを実現するためにどのように人を巻き込んできたか、語っていただきます。

Elles Films株式会社 代表取締役
粉川 なつみ 氏
1996年生まれ。大学卒業後、インターンで働いていた映画宣伝会社に入社。ベンチャー系映画配給会社に転職する。映画『ストールンプリンセス キーウの王女とルスラン』(以下ストールンプリンセス)に出会い、日本初のウクライナのアニメーション映画を上映するために起業。クラウドファンディングで資金を集めて公開を実現した

今、この映画を配給することに意味がある。やってみて無理ならそのときに考えればいい

瀬田 千恵子(以下、瀬田):粉川さんはウクライナのアニメ映画『ストールンプリンセス』を配給するために起業し、配給を実現しています。2024年には「ウーマン・オブ・ザ・イヤー」を受賞されています。ウクライナの映画を配給した経緯を教えていただけますか。

 

粉川 なつみ(以下、粉川氏):さまざまなタイミングが重なりました。まず、ロシアのウクライナ侵攻が始まったことをニュースで知りました。実際に戦争が起こる様子を見て、21世紀の現代でも戦争が起きてしまうんだとショックを受けました。

戦争を止めるような力はないけれど、何か自分にできることはないかと漠然と考えるようになったんです。当時、私は映画配給会社に勤めていたので、ウクライナの映画を日本で公開できれば、多くの人がウクライナに興味を持つきっかけになるんじゃないかと考えました。そこでウクライナの権利元と連絡をとり、やり取りをはじめました。

ただ、当時働いていた配給会社では日本での公開を実現できなかったので、「それならば」と起業して自分で配給することにしたんです。

瀬田:起業の決断には勇気が必要だったと思います。迷いはなかったのですか?

 

粉川氏:迷いはたくさんありました。多くの人に相談しましたが、「映画の配給にはお金がかかるから、まず資金を貯めてやった方がいい」など、ほとんどが反対意見でした。

でも、権利元との交渉は進んでいましたし、資金を貯めて数年後に配給することに意味を感じなかったんです。ウクライナ侵攻が進む今やることに意味があるし、私が買い付けたいと思った作品も今しか買えないからです。

 

瀬田:周囲に相談していたものの、自分の中では「やろう」という覚悟がもう決まっていたんですね。

 

粉川氏:そうですね。起業することがそこまですごいものだと考えていなかったかもしれません。「勤めている会社を辞めて、毎月の給料がなくなって起業をするなんて一世一代の決断だ」と言われましたが、そこまで考えていなかったです。

貯金をはたいてなんとか作品の権利を買うことができましたし、いったんやってみてダメならまた違う配給会社に就職すればいいかなと思いました。「たとえ失敗したとしても、この経験を買ってくれる会社もあるはずだ」と自己暗示をかけていたところもあります。

 

瀬田:『ストールンプリンセス』という映画に、そこまで惚れ込んでいたんですね。

 

粉川氏:そうですね。大切な人を守るというシンプルな王道ストーリーなのですが、ウクライナ侵攻と重ね合わせられるメッセージだと思いました。

 

瀬田:どのように配給を実現したのでしょうか。

 

粉川氏:当初は銀行から融資を受けるつもりで、計画書を持っていき相談しましたが融資は受けられませんでした。最終的にはクラウドファンディングで資金を950万円集めて、日本での放映を実現することができました。

大変なときは、物語の起承転結のどこにいるのかを俯瞰で考える

瀬田:お話を聞いていると、粉川さんはシンプルに物事を考えて、やりたいならやると決断される方かなと思いました。ご自身ではどんな性格だと思われますか?

 

粉川氏:あまり深く考えず思考が浅い部分はあると思うのですが、子供の頃からやりたいことはやる性格でした。裕福な家庭では全くなかったにも関わらず、いろいろな習い事に興味を持っては親にやらせてほしいとお願いして、辞めた習い事もいっぱいあります。

 

瀬田:「いざ行動しよう!」と思い立っても、様々な躊躇が邪魔して行動に起こせない人が多い中で、粉川さんの行動力は思い切りがありますね!クラウドファンディングで資金を集められるなど苦労もあったと思います。そういった困難にぶつかったときはどう乗り越えてきましたか。

 

粉川氏:そのときの状況を、映画やドラマの起承転結に当てはめたりしますね。

私が好きな『スタートアップ:夢の扉』という韓国ドラマがあって、高卒の何者でもない女の子が起業して、すったもんだしながら仲間とともにユニコーン企業を目指すという王道ストーリーなんです。

何か壁にぶつかったときには、もし私が主人公だとしたら、物語のどの段階にいるのかを考えて、ハッピーエンドに向かうためにどう進むべきかを考えるようにしています。

瀬田:自分の歩んでいる道をドラマや映画に例えて、そのキャラクターとして演じてみるということですね。その行動はとても興味深いですし、理解できます。

 

粉川氏:大変なことがあったとしても、動くしかないじゃないですか。その結果、諦めることになったとしても、その選択も間違いではなかったと思えるようにしています。

 

瀬田:大変なことが起きても、前向きに捉え直して前に進もうとする力が強いのですね。

 

粉川氏:ネガティブになることがあまりないかもしれません。もちろん、ちょっとブルーな気分になることはあるんですよ。資金繰りが危なくて、銀行もお金を貸してくれなくて「どうしよう…」と思ったこともありました。

でも、ループに乗って帰宅しながら、気分転換に歌を歌ったりして、大変な目にあっている自分自身に酔っていた気がします。

 

瀬田:つらい気持ちもしっかりと味わって、自分が主役のストーリーをめいいっぱい生きているんですね。大変な状況も大切なストーリーの過程であり、決して早送り出来ないという感覚なのではないでしょうか。

 

粉川氏:どう進んだとしてもいつかは幸せがあるという発想なのかもしれません。

 

瀬田:何かしら繋がっていると常に信じているということですね。その考え方は「グロースマインドセット」ですね。人材育成で使われる言葉で、自分や他者も含めて成長は必然だと信じて、今できないことにくよくよしているよりも前に進み続ける考え方です。このマインドセットをもっていると強いです。

 

粉川氏:グロースマインドセットというんですね。

瀬田:そうなんです。その逆が「フィックスドマインドセット」です。思考が止まりそれ以上進まなくなって、「今うまくいかないことは、一生できないんだ」と思い込んでしまう。粉川さんは圧倒的なグロースマインドセットの持ち主で、前向きで器が大きい方ですね。

粉川さんが起業して、資金繰りをしたり、クラウドファンディングをしたりする中で、さまざまな方に協力してもらったと思います。そういった人たちとの関係性の構築で気をつけていることはありますか?

 

粉川氏:「もっとうまく伝えればよかった」という後悔の方が多いかもしれません。ただ、いろいろな方にお願いを続けていく中で、周囲に頼ることによることの大切さにも気づきました。

実は、起業する前は「自分は仕事ができる」と思っていたんです。でも、実際に一人でやってみると力不足であることがどんどんわかってきました。それまで人に教えを請うことが得意ではなかったのですが、いろいろな方にアドバイスをもらうと勉強になることがとても多かったです。

自分とは違う人生を経験していて、学んでこられていますし、こちらがリスペクトをもって協力をお願いしたら、力を貸してもらえました。その分、軽率にお願いするようになってしまったかもしれません。

 

瀬田:頼れる人がいて、助けを求めることもできているんですね。

 

粉川氏:一人で仕事していると、考えるのも自分で、細かな作業をするのも自分なんですよね。ただ、私はこまかな事務作業がとても苦手で、わからないことがあっても誰に聞けばいいかわからないと行き詰っていたこともありました。

『ストールンプリンセス』は製作委員会という形で他の会社にも出資していただいていて、皆さんと少しずつ飲みに行ったりコミュニケーションが取れるようになってきたんです。そのときに、自分の苦手な作業の話をしたら、「その作業はこちらでやるので、もっと頼ってください」と言ってくださって。うれしかったですね。

 

瀬田:そうだったんですね。今、エルフィルムズにはスタッフの方はいますか?

 

粉川氏:今は私含めて3人です。そのほかは外注の方に色々とお願いしています。

 

瀬田:ちょうど仲間が増えていくタイミングなんですね。粉川さんは自分が歩くストーリーにどんどん人を巻き込み登場人物を増やすリーダーシップを発揮していると感じるのですが、なにか意識していることはありますか?

 

粉川氏:正直なところ、何も意識していないかもしれません。もしかしたら、一方的にお願いしてしまっているかもしれないですね。もちろん協力をお願いしても断られることもあるので、協力してくださる方を大切にしています。

 

瀬田:そんな風におっしゃるということは、いろいろな人にお願いしていて、少しくらい断られても諦めないってことですね。

粉川氏:そうですね。諦めたらもったいないじゃないですか。その考え方が会社員と起業してからで一番変わった部分かもしれません。会社員だとしたら、新しい企画を考えていて、たとえ面白くなかったとしても毎月決まったお給料は入ってきます。

でも、自分で事業を進めていると「本当に収益になるのか」「面白いことを考えなくては」というマインドに変わりましたね。やはり自分のお金を使って、その結果にも責任を取ると考えると、諦めるという方向のドアは堅く閉じてしまうので、諦めるという選択肢を考えなくなりました。

 

瀬田:自分事としてやっていると、覚悟がきっと違いますよね。

 

粉川氏:私はたまたま皆さんに協力してもらうことができて、『ストールンプリンセス』の配給を実現できました。一度やってみて成功できたので、「これからもなんだってできる」という気持ちになっているのかもしれないですね。

挑戦して失敗したとしても、それはそれでいい経験になるし、次にまた大きく何かをすればいいと考えるようになりました。

映画業界でジェンダーギャップを感じる場面は多い

瀬田:粉川さんは大学時代に映画美術を学ばれていますが、なぜ映画業界を志したのでしょうか。

 

粉川氏:幼少期に初めて映画館で観た、ハリー・ポッターの世界観に驚いたんです。それまで、母が寝る前にハリー・ポッターの本を読み聞かせしてくれていたのですが、そのときにイメージしていたものと全然違っていました。

「映画ってすごい!」と感動して、将来は映画に関連する仕事をしたいなと思うようになりました。そこで大学に進むときに映画美術を専攻しました。

ただ、映画美術スタッフのアルバイトを経験したときに、長く続けるのが難しそうな仕事だと感じました。現場に一番早くに来て、最後に帰ることも多くて、年齢を重ねたり、子供を生んだときに両立が難しいと思いました。

そこから映画に関連するいろいろな人に話を聞いて、映画が完成してからのビジネスに携われば、将来的にも続けていけるのではと考えて、配給会社に就職しました。

 

瀬田:映画美術の世界は男性の比率のほうが多いですよね。仕事をしていてジェンダーギャップを感じたことはありますか?

粉川氏:私は制作の仕事はアルバイトでの経験しかないのですが、当時は早朝から深夜まで撮影をしていたので、女性は体力的に難しい面があると思います。そして、雇用形態として個人事業主が大半なので、子供が生まれると続けていくのが難しい現実があると他のスタッフの方から聞いたこともあります。

 

瀬田:そういった世界観から、粉川さんが学んだことはありますか?

 

粉川氏:自分の会社は、女性はもちろん、人のことを大切にする会社にしたいと考えるようになりました。実は以前働いていた会社で「そもそも女性は採用したくなかった」と言われたことがあるんです。

「女性は子供を生むときに産休・育休を取るし、ホルモンバランスで性格がきつくなるときもある」と言われて…。

映画業界でいえば、産休・育休制度が整っているのは大手企業だけで、そこで働いている方たちは業界全体で見たら少数です。同業界の女性の友人と話すと、「子供を産んだらこの業界では働けないよね」と男性から言われることもあるそうで、そういった刷り込みもあって、この業界は女性が働きにくいと感じる人が多いです。

そんな状況だからこそ、うちの会社は女性に優しい会社にしたいと考え「Elles Films(エルフィルムズ)」という名前をつけました。Elles(エル)はフランス語で彼女たちという意味です。

私自身、結婚も出産もまだしていませんが、社員が私より早く出産するとしたら、安心して休めるようにしっかりと制度を整えていきたいです。

 

瀬田:「Elles Films(エルフィルムズ)」には、そういった意味が込められていたんですね。

 

粉川氏:そうですね。もちろん女性だけでなく男性にも入社してほしいと思っています。今は育休をとる男性も多いですし。映画業界では産休・育休が取りにくいと諦めるんじゃなくて、社員には普通の権利として主張してもらいたいですし、女性も男性も働きやすい会社にしていきます。

自分が小さな一歩を踏み出せば、周囲も変わっていく

瀬田:日本の女性のリーダーやリーダー予備軍は、前例を踏襲してしまって常識を覆すのが苦手な人が多いと感じます。粉川さんのように新しいことにチャレンジしてみたいと思う方々にメッセージをいただけますか。

 

粉川氏:取材などで私の話をすると、「絶対自分にはできない」という反応をされることが多くて、すごい人かのように言われるのですが、全然そんなことはありません。

もし、違いがあるのだとしたら、一歩を踏み出したかどうかだけなんです。その一歩もすごく準備をしたわけでもなく、とりあえず連絡しよう、まずはやってみようという軽い一歩でした。

だから、リーダーになりたいと考えている方はあまり気負わずに、一歩踏み出すことから始めてみるといいのかなと思います。

瀬田:一歩踏み出すと見える景色も変わってくるんでしょうか。

 

粉川氏:そうですね。例えば、自分が何も言わずに我慢しているとしたら、周囲は何も気づかないかもしれない。発言したり行動したりすることで周囲が変わることはよくあります。

 

瀬田:粉川さんは行動することで、自分の人生だからこそ、誰よりも自分ごと化するオーナーシップを発揮して、すべてを動かしてきましたよね。若くして起業されて、映画の配給も実現されました。小さな一歩でもとにかく動くことが大事だと思うお話でした。

最後に、今後の展望について教えてください。

 

粉川氏:映画を軸にしたビジネスをしていきたいと考えていて、2025年か26年にロシア人のクィア(※)のLGBTQのアーティストが主人公のドキュメンタリー映画の配給を控えています。ロシアではLGBTQの権利活動が禁止されているのですが、主人公はそれに対抗し、ウクライナ侵攻にも反対し、ロシア政府に向けてパフォーマンスをするという内容です。

※クィア(Queer)とは、LGBTに当てはまらない性的マイノリティや、性的マイノリティを広範的に包括する概念

ストールンプリンセスもこの映画もそうですが、映画を見終わった後に何か感じるものがあったり、社会的意義を感じられる海外作品の配給をしていきたいです。

一般的に映画を観るときに、配給会社がどこなのかを意識することはあまりないですよね。でも、エルフィルムズのファンになってくださる方を増やしていきたいです。そういった支持を得るためにも社会的意義のある作品をぶれずに配給し続け、お客様との距離が近づくようなイベントを積極的に開催していく予定です。

 

瀬田:とても粉川さんのエネルギーを感じる取材でした。これからの粉川さんのご活躍を楽しみにしています。本日はお忙しいところお時間をいただきありがとうございました。

 

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